機能和声とブルース
Aに続く部分をBと呼ぶことにしよう(オリジナルで1'19''から2'13''の部分)。以下はその部分を示したものである。
Bの部分のメロディーと「コード進行」を楽譜で示すと、以下のようになる。なお、原曲のキーはBでシャープが多いので、半音上げてCのキーにしている。全体で32小節あるが、最初が一拍食っているため、小節番号は1〜33となっていまる。これを8小節ずつ分けて、B-1, B-2, B-3, B-4と表すことにしよう。
![Have a stroll [B]2](Have a stroll [B]2.jpg)
まず、Bの部分の特徴の一つとして、「同主調転調が多い」ことが挙げられる。この曲の場合、(移調して示したため)全体のキーがC、すなわち、ハ長調であるが、所々、Cm、すなわちハ短調への転調が入ってくるということである。
そこで、楽譜に、ハ長調には赤、ハ短調には青の色を付けて、どの部分で同主調転調が起こっているかを示した。楽譜を見ながら曲を聴いて頂くと、青い部分でちょっと雰囲気が変わっていることがおわかり頂けると思う。
また、Bの部分にはテンションノートを含んだヴォイシングが比較的多く使われており、これがJazzyな雰囲気を醸し出している。13小節目のCm7(9)とか18小節目のFm7(9)とかはその例である。ただ、一般に、中田ヤスタカ氏は単にテンションノートを多くしてサウンドをリッチにするだけではなく(というよりそれは思ったより少なく)、トライアドをそのまま使ったり、あるいは、4度積み重ねのような和声を使うことが多いことにも注意する必要がある。
例えば、15小節目の和音は中田ヤスタカ氏がよく使う「コード」で、「4度積み重ね」の和音などと表現することができるものであるが、一言で4度積み重ねといっても色々な「コード」があることから、ここではこの「コード」を、「C add2 / E」と記述することにする。これは、I度の第一転回形、クラシックでは6の和音と呼ばれる和音に、さらに2度の音を加えたもので、構成音が下から「ミ、レ、ソ、ド」となり、上部に4度積み重ね、あるいはsus4の「コード」のような形が現れる和音である。このようなサウンドは、テンションノートを含んだ「コード」とはまた別の意味でリッチな和声ということができる。
ところで、Bの部分の特徴は同主調転調やテンションノートを含むという「機能和声」的な面だけではない。楽譜の中に、赤と青だけでなく、緑と黄色の部分があることがおわかり頂けると思う。この部分の解釈は色々できるとは思うが、私はこれらを、「ブルー・ノート」が含まれた「ブルース」が使われている部分であると考えるのがよいと思う(緑=Cブルース、黄=Aブルース)。
ブルー・ノートやブルースが何かを論じると、それだけで何冊もの本ができてしまいそうなので、それはご専門に方々におまかせすることとし、ここでは、「3と3♭、7と7♭など、同主調のメジャーとマイナーの両方のキーの音が同時に存在する」点をブルーノートの一つの特徴と捉え、それが緑・黄色の部分に現れているということをもって「ブルースが使われている」と考えることにしよう。
そのような観点から、黄色で示した27小節目を見ると、ここには全体のキーであるCメジャーの平行調であるAマイナーのキーに対して、その7bであるソの音と、その同主長調であるAメジャーの7であるソ#の音が使われており、この両者によってブルースの響きが生み出されている。
「ちょっと待った。これは単に次のAmに解決するドミナントモーションで、マイナーへの解決だからオルタードスケールの#9を使ってるだけじゃないか。」とお考えの方もいらっしゃると思う。もちろん、おっしゃるような解釈も可能である(同じように19小節目の緑の部分は単にリディアン7thスケールが使われていると考えることも可能である)。
しかし、私はこの部分をブルースに関連づけて解釈する方が自然に思える。もちろん、理屈より先にこの部分の響きがブルースに感じられるということが何よりもまず重要であるが、ではなぜそう聴こえるのか、その理由をもう少し考えてみよう。
黄色の27小節目に戻る前に、少しマイナーキーの理論的位置づけを再考しておく。一般に、マイナーキーには、(1)ナチュラルマイナー、(2)ハーモニックマイナー、(3)メロディックマイナーの3つのスケールが存在するとするとされるが、個人的には、マイナーキーはナチュラルマイナーが本質的であり、(2)や(3)に現れる音は、同主調転調によるものと考える方がわかりやすいように思う。そう考えると、黄色の27小節目のE7という「コード」は、本来Aメジャーのキーに属するのに対し、#9というテンションはAマイナーにしか存在しない音なので、ブルーノートと考えるのが自然であり、Aのブルーススケールに支配されていると考えられることになる。
さらに、ここと19小節目の緑の部分は美しい関係性を持っている。18〜20小節目と26〜28小節目のメロディーを比較すると、全く同じであることがわかる。中田ヤスタカ氏は一曲の中で同じ旋律に異なった和声を付けるアプローチをよく用いる。同じ曲に違う和声を付けると「リハーモニゼイション」になるが、一曲内で行う場合には適当な用語がないことから、ここではこの中田ヤスタカ氏のアプローチを「同旋律異和声法」と呼ぶことにしよう。
18〜20小節目と26〜28小節目には、この「同旋律異和声法」が用いられているが、19小節目のB♭7と27小節目のE7はベースが増4度の関係にあり、二つの「コード」は「裏コード」と呼ばれる関係にある。そして、先に見た、27小節目に使われているオルタードスケールは、裏コードのルートを始点とすると、リディアン7thと呼ばれるスケールになっているということをジャズ理論を少しでも学んだ方ならご存知だと思う。
私の勉強不足かもしれないが、リディアン7thスケールとブルーノートの関係について詳しく触れている理論書をあまり見たことがない。しかし、先に見たオルタードスケール同様、この箇所でも自然にブルーノートが生じる構造がある。B♭7という「コード」が本来属しているキーであるCマイナー(Cメジャーの同主短調)では、ミ♭が本来あるべき音であるのに対し、リディアン7thスケールにはCメジャーのキーのミの音が含まれており、この両者が同時に存在することによってブルースの響きが発生するのである。実際には、この小節にはミ♭は現れていないし、ミも次のコードを先取りして現れているであるが、次のコードとの関係を考慮するとここはやはりブルースと解釈してよいのではないかと思う。「同旋律異和声法」を使った2つの箇所に、裏コードの関係にある、C、Aの両者のブルーススケールが現れるというコントラストはとても素晴らしい。
さて、最後に、29小節目の「C / B♭」はC7の転回形の「コード」と考えられ、これはまぎれもなくブルースの「コード」である。Perfumeの楽曲でこのように明示的に「I7」というコードでブルースが用いられている例は比較的少ないように思う。
このように、Bの部分は同主調転調を多用した機能和声の隙間にブルーノートが入り込んでくるという美しさを持った部分であるということができよう。
Original: Perfume "Perfume "Have a stroll" [B]: 機能和声の隙間(2012/01/26)
PTO: ver1.0 (2014/01/12)